市販の材料を組み合わせて簡単なアクアポニックスシステムを製作して管理する方法については、今回で終了です。
この第0章は、「理屈はさておき、とりあえずアクアポニックスを始めてみましょう」というつもりの章でしたので、つい使ってしまう『濾過』などの専門用語については、次章以降をお読み下さいと、説明を先送りしてきました。
けれども、第0章だけを読んでアクアポニックスに取り組む方に対して、アクアポニックスの仕組みの本当の基本的なことだけは、やはり知っておいていただくほうが良いと思い直し、最後に少しだけ補足をします。
蛇足になりますが、少しだけ理屈の話におつきあい下さい。
もう何度も掲載したので見飽きているかも知れませんが、下の図は、基本のアクアポニックスの模式図です。
①Aの魚飼育槽にいる魚の排泄物が、水とともにCのポンプ槽に流れ落ちます。
②ポンプが水ごとCの排泄物を吸い上げ、Bの作物栽培槽に水を流します。
③水はBの軽石の中を流れ落ちる途中、作物栽培槽で栽培されている植物の根に吸われますが、吸われきれなかった水はポンプ槽に落ち、再び、ポンプで吸われてアクアポニックスシステムの、ABC槽の間を何度も循環します。
というのが、見た目上の水の動きです。
けれども、水の中身の話をすると、AからCへ向かう水と、BからCへ向かう水では中身が違います。
AからCへ向かう水には、魚の排泄物が含まれています。
魚の排泄物とは魚の糞尿、要するにアンモニアであり、強い毒です。
そのため、汚れた水を替えずに、ずっと同じ水で魚を飼育していると、溜まった自分の排泄物が原因で、魚は死んでしまいます。
ですから魚を飼育する水は、汚れたら交換する必要があります。
この水替えをする代わりに、排泄物を植物に吸収させて水中からなくしてしまえば、いつまでも水は綺麗なままでいられるし肥料代も浮いて一石二鳥、という考えが、アクアポニックスです。
したがって、アクアポニックスがうまく機能していれば、理屈の上では、BからCへ流れ出す水の中には、アンモニアなどの排泄物由来の汚れは含まれていません。
けれども、植物は、魚の排泄物からできるアンモニアを、アンモニアのままでは肥料として吸収できません。アンモニアを、植物が肥料として吸収できる、硝酸態窒素という物質に変化させる必要があります。
アンモニアを硝酸態窒素に変える変化は、一般に濾過バクテリアと呼ばれる種類のバクテリアが行います。
今回のアクアポニックスシステムの場合は、主に作物栽培槽が、濾過バクテリアの生息場所です。
観賞魚用に、濾過バクテリアが含まれた液体が製品として市販されていますが、そのような製品を利用しなくても、濾過バクテリアは魚が生息できる場所には、通常、自然に生息していますので、例えば、魚飼育槽に魚を放す際に、以前、魚が飼われていた水に混ざって、アクアポニックスシステム内に入ってきます。
その後、アクアポニックスシステム内を循環する水と一緒に、濾過バクテリアは移動し、やがて作物栽培槽に入り、水に濡れた軽石の表面に付着して、増殖していきます。
その際、人間が酸素を吸って二酸化炭素を吐くような自然な行動として、濾過バクテリアは、魚の排泄物由来のアンモニアを、まず亜硝酸態窒素へ、さらに硝酸態窒素という比較的無害な物質へと変化させます。
この一連の変化を生物的な『濾過』と言います。
『濾過が効く』という言い方をした場合、それは濾過バクテリアが、よく増殖して、よく活動して、魚の排泄物を早く硝酸態窒素に変えてくれる状態が整っていることを指します。
硝酸態窒素は、魚にとってアンモニアよりは遙かに無害ですが、水中に溜まりすぎると、いつか、やはり魚は死んでしまいます。
けれども、植物は、硝酸態窒素であれば、水と一緒に、根から肥料として吸収できます。
そこで、植物に肥料として硝酸態窒素を吸収してもらい、水中から毒物をなくしてしまえば、水は綺麗に保てるし、野菜も収穫できてラッキー、というのが、アクアポニックスの基本的な仕組みです。
ですから、アクアポニックスシステム内に濾過バクテリアが、多く生息していればいるほど、アンモニアは早く硝酸態窒素に変化するし、植物が作物栽培槽内に多く根を伸ばしていればいるほど、硝酸態窒素は早く吸収されて、水は綺麗に保たれる、という話になります。
反対に、濾過バクテリアと植物が排泄物由来の汚れを処理できる能力以上に、魚を多く飼ったり、餌を多く与えすぎたりしてしまうと、処理しきれなかったアンモニアや亜硝酸態窒素、硝酸態窒素が水中に蓄積して、見た目の水の色は透明であっても、溶け込んだ水の汚れで、魚が死んでしまう恐れがあります。
作物栽培槽が、一面、緑に覆われているほど良いという話は、植物が作物栽培槽内に多く根を伸ばした状態になるから良い、という理由です。
『なるべく早く、作物栽培槽を一面の緑に育て上げて、育った作物を一度にすべて収穫してしまうのではなく、毎日少しずつ収穫しながら、緑に覆われた状態をキープする』
『できれば、作物栽培槽を二つ、三つと増設していき、発生する魚の排泄物の量より、植物が肥料を吸収する処理能力のほうが、高くなる状態に到達し維持する』
というのが、アクアポニックスを管理していく上で、心がけるべきコツです。
作物栽培槽の増設が難しい場合は、魚の飼育数を減らしたり、与える餌を、少なめに抑えて、魚の健康と植物の生育状態のバランスの調整を図ります。
以上、蛇足ですが、アクアポニックスの基本的な仕組みの簡単な説明でした。
頭のどこかに、仕組みの理屈を置いておくと、アクアポニックスに取り組むに当たって、やっても良いことといけないことの区別がつくようになります。
そのため、できれば知っておいてもらいたいと考えた次第です。
さて、第0章の本当の最後に、筆者が良く行っている、作物栽培の裏技を紹介します。
作物を種から育てて、作物栽培槽を緑に覆われた状態まで持って行くまでには時間がかかります。
作物の苗を買ってきて植えるという方法もありますが、苗で売られているような作物は、基本的に密植に不向きです。
そこで、『食用に購入した野菜の根元を、捨てずに作物栽培槽に植えるだけ』、という裏技を紹介します。
野菜の根元を作物栽培槽に植えて再生させながら、根元の周辺には別の種を蒔いておき、種が育つまでの時間を稼ぐという作戦です。
まず、間違いがない、失敗知らずは、小ネギです、
数本が束ねられてスーパーで売られている市販の小ネギの根元には、大抵、根が生えたまま残っています。
料理の際に切断した小ネギの根元を捨てずに、作物栽培槽の水がかかる場所に挿しておくと、それだけで小ネギは根付いて伸び始めます。
やがて、また食べられるような長さに育ちますので、適当な長さになったら、抜いてしまうのではなく、根元から切断して収穫します。
切断した根元からは、また、小ネギが伸びてきますので、何度でも繰り返し、ほぼ通年、収穫できるという便利野菜です。
とはいえ、小ネギの先端には、いずれ『葱坊主』と言われる、種ができます。
そうなったら、収穫は諦めて世代を交代しましょう。
その頃までには、周辺に蒔いた何らかの種から出た芽も、大きく育っていると思われます。
小ネギの場合は、もともと根が生えているので復活しても驚きませんが、実は小松菜も復活します。
料理の際に切断した小松菜の根元を、小ネギ同様に作物栽培槽内の濡れる場所に挿しておくと、根元の中心部から、やがて葉が生えて伸び始めます。
小松菜の葉が食べられそうな大きさになったら、すべて抜いてしまうのではなく、外側の葉から、むしって収穫するようにすると、小松菜の株は、引き続き成長を続けます。
小松菜に限らず、菜の花系の野菜は、『薹(とう)が立つ』というのですが、やがて菜の花のつぼみが出てきて、花が咲きます。
薹が立ってしまうと、収穫は終わりです。
外葉をむしるだけでなく、すべて引き抜いて収穫してしまいましょう。
抜かずにそのまま育て続ければ、やがて菜の花が咲き、枯れた後、種ができます。
気長な話ですが、種を買わずに、できた種を蒔くという方法もあります。
小ネギや小松菜は、一株から一株しか復活しませんが、空心菜であれば、倍々に増やせます。
やはり、食用に購入した空心菜の根元を捨てずに、作物栽培槽の濡れる場所に挿しておけば、根付いて茎と葉が伸びます。
適当な長さまで伸びたら切断して食べるもよし。
食べずに、節と葉が一組に収まる単位に切断して、作物栽培槽に挿せば、一本の空心菜が、数本の空心菜の株に化けますので、作物栽培槽の緑に覆われた面積を一気に増やせます。
空心菜の欠点は、栽培可能な季節に限りがある点です。
小ネギや小松菜は、通年、栽培ができますが、空心菜は、基本的に夏の暑い時期がメインになりますので、冬場は栽培できない点が残念です。
菜の花系の葉物野菜には虫が良く付きますが、小ネギや空心菜は、比較的虫が付きません。
空心菜が育つ時期は空心菜を育て、寒い季節は菜の花系の葉物野菜を育てるという栽培が、筆者の定番です。
その他の野菜や果物も含めて、筆者がどのような作物をアクアポニックスで栽培しているかについては、今後、別項で紹介していきます。
『アクアポニックスによる栽培記録』をご覧下さい。
さて、そんなこんなで作物栽培槽全体が緑に覆われた状態となったら、本当の意味でのアクアポニックスのスタートです。
日常管理のその2で、『同じ量の植物と同じ量の魚に、毎日、同じ量の餌を与える』という、話をしました。
作物栽培槽全体が緑に覆われた状態が、『同じ量の植物』となります。
厳密には、ただ緑で覆われるだけではなく、小松菜であれば、外の葉を何枚か毎日むしりとるとか、小ネギや空心菜であれば、長く伸びた株を、毎日何本か切断するといった具合に、毎日、少しだけ収穫できる状態が、『同じ量』です。
一度に全部収穫してしまうのではなく、一本抜いたら次の種を蒔くとか次の苗を植えるなりして、作物の量をキープし続けようという気持ちを持つのがポイントです。
バランスについては、以前、あまり考える必要はないと言いましたが、そうは言っても、魚の量と餌の量と作物の量がバランスをとれた状態を目指すという方向性です。
この作物栽培槽が緑に覆われた状態にたどり着くまでに、1~2箇月はかかっていると思います。
もし、あなたが魚の飼育を行うのが初めてであったとしても、死なせずに1~2箇月の飼育ができたわけです。
1~2箇月もあれば、金魚も少しずつ大きくなっているはずです。
魚飼育槽にあなたが近づけば、「餌をくれ」と泳ぎ寄ってくることでしょう。
毎日の餌の与え方にも、自分なりのルールができていると思います。
そのルールが、今後、『同じ量の餌』と『同じ量の魚』を決めてくれます。
1~2箇月では、金魚は、まだ成魚ではありません。
金魚は、一年で成魚になりますので、概ねそこまでは大きくなり続けます。
成魚になっても、食べた分だけ、ゆっくりとサイズは大きくなりますが、幼魚が成魚になるまでの時期とは、成長の速度が違います。
毎日、餌の食べ具合を観察して、ちょっとずつ餌を増やしてみると良いでしょう。
金魚が、病的に痩せこけていない体型でしたら、無理して餌を増やさなくても問題はありません。
長さでなく、横にだけ大きくなっているようでしたら、食べ過ぎです。
餌は、多いより、少ないぐらいがちょうどいいです。
餌の食べ残しで水質が汚れて魚が死んでしまうまでは、あっという間ですが、稚魚でなければ、餌が足りずに魚が飢えて死んでしまうまでには、それなりの日数がかかります。
もちろん、その前に魚は次第に痩せ細ります。
毎日、餌を与える際に魚を観察していれば、「次第に魚が大きくなってきたな」とか、「段々、痩せてきた気がするな」とか、わかりますので、もし、痩せ気味に感じるようでしたら、少しだけ餌を増やしてみましょう。
魚が健康に育っているようでしたら、心配ありません。
その餌と魚の量が、毎日『同じ量』の餌であり、『同じ量』の魚となります。
魚を飼育した経験がないので、魚が痩せた状態というのが、どのような状態かわからない、という方もおられると思います。
一言で言うと、痩せた魚とは、頭だけ大きくて、体が細い魚です。
泳いでいる魚を上から見たとき、通常、魚の頭の幅と体の幅を比べると、体は頭と同じだけの幅か、むしろ、体が太い状態が普通の魚です。
頭の幅は、ほぼ頭蓋骨の幅と同じなので、魚がどんなに痩せこけてしまっても、頭蓋骨が細く痩せることはありません。
けれども、体は、中央に背骨があり、背骨の両脇に肉がついているため、痩せて肉が減れば減るほど、中央の背骨の幅に近づいていきます。
頭だけ大きくて体が細い、痩せこけた体型とは、そのような体型です。
サンマを丸ごと一本焼いて皿に載せたとして、食べる前の身も皮もついている状態が、普通の魚で、食べ終わって、サンマの頭から骨と尾が生えているだけの状態が、痩せた魚に近い姿です。
公園の池に大量の鯉が泳いでいて、けれども、十分な餌は与えられていないといった場合に、群れ全体の魚が痩せた状態になってしまっている姿を、たまに見かけます。
群れ全体が痩せこけた状態であっても、公園の魚は、飢えて全滅してしまうわけではなく、少ない餌と痩せた肉体で、生き延びているわけですので、少しずつでも毎日餌を与えている家の魚は、簡単に飢えて死ぬことはありません。
餌を多く与えすぎるくらいならば、少なめに与えて、様子を見ながら少しずつ増やすようにして下さい。
あなたが近寄ると、いつだって「餌が欲しい」と魚が泳ぎ寄ってくるので、お腹が空いているのかと思い、その都度、餌を与えてしまうという行動は、一番いけません。
健康な魚であれば、一日中餌を探して、泳ぎ回っています。
いつも餌をくれるあなたの足音で、「餌をくれ」と泳ぎ寄ってくるのは当然の姿なので、餌は、毎日規定の量を、例えば、朝晩二回に分けて与えるといった具合に決めて、それ以上は与えないようにして下さい。
ちなみに、筆者は、冬を除き、出勤の前後に与えています。
冬は、餌を与えないのは、以前、お話ししたとおりです。
むしろ、普段は、あなたが近づくと泳ぎ寄ってくる魚が、泳ぎ寄ってこなかったり、いつもと同じ量の餌を与えているのに、食べ残しがあったりする場合は、要注意です。
魚が満腹で満足して休んでいるわけではなく、恐らく、体調を崩しています。
水質の悪化を疑いましょう。
作物栽培槽が緑に覆われていなかったり、作物栽培槽内に十分な数の濾過バクテリアが生息しておらず、濾過の効きが悪い状況の時には、魚が体調を崩す事態がよく起こります。
アクアポニックスだからと水替えをしないことにこだわるのではなく、魚が体調を崩した場合には、躊躇なく、水を交換しましょう。
基本は一度に全量の水を交換するのではなく、半分だけ水を交換して、様子を見ます。
餌やりは、しばらく休みましょう。
数日たっても、まだ改善の状況が見られなければ、再度、半分だけ水を交換する行為を繰り返して下さい。
水質が改善されれば、やがて魚の体調も戻り、また「餌をくれ」と泳ぎ寄るようになります。
いつもの量の餌を与えるのではなく、病み上がりなので、少量ずつの餌くれから再開しましょう。
水質さえ維持できれば、飛び出したり食べられたりしない限り、通常、魚は、ほぼ死にません。
魚が生きていてこそのアクアポニックスですので、毎日の餌くれの際には、よく魚を観察して、体調に異常がないかどうかに気を付けましょう。
また、作物の様子もよく観察して下さい。
葉に虫が付いているかも知れません。
根に水が届いておらず、うまく水を吸えていないかも知れません。
逆に、砂利が目詰まりをしているかも知れません。
アクアポニックスシステムが完全に機能していれば、水質が悪化するよりも早く、濾過によりつくられた栄養素を植物が吸収してくれるため、減った水を足すだけですみますが、いつかは作物栽培槽の砂利も目詰まりを起こします。
そうなったならば、一度砂利を取り出して、水洗いをしてから戻しましょう。
その際、作物栽培槽の緑が激減してしまいますので、当面は、普段より餌の量を減らすようにして下さい。
まったくの初期状態からのスタートではないため、作物栽培槽内の濾過バクテリアの増殖も、速やかに行われるはずです。
作物栽培槽が、緑に覆われる状態への、速やかな復帰を目指します。
作物栽培槽が複数あれば、期間を空けて、定期的に一槽ずつ洗えば、濾過の効きが悪くなる負担を軽減できます。
ビジネスとしてアクアポニックスに取り組む場合は、作物栽培槽だけではなく、魚飼育槽も複数設置して、魚の出荷を一槽ずつ行い、魚の飼育量が激変する衝撃を緩和しています。
ビジネスであれホビーであれ、いずれにしても魚と作物と餌の量が、毎日同じ状態を保とうという意識を持っていて下さい。
激変は禁物です。
さて、以上が、一番簡単なアクアポニックスの基本の一通りです。
金魚を飼った経験がある方、プランターで野菜を栽培した経験がある方であれば、何も難しいことはないと思います。
どちらの経験もない方であっても、始めてしまえば何とかなります。
もし、あなたが現在進行形で魚を飼育されている方であるならば、一手間加えればアクアポニックスを始められます。
何か困ったら、メールを下さい。
悪いことは何もないに越したことはありませんが、何かと不安なことが多い昨今の世の中です。
いざというときのためにも常に新鮮な野菜が手に入る状態を確保しておきましょう。
あなたのアクアポニックスが、うまくいきますように。
かにかに