5.植物による水のPHの変化

アクアポニックスの基礎知識

 前回、植物が硝酸態窒素を吸収した場合、PHがアルカリ性に傾くという話をしました。

 本当でしょうか?

 植物の効果を確認するために、植物槽の前後でPHが本当に変わるのか、以前、試験をした経験があるので紹介します。

写真は容量120リットルのタライです。

 流入の矢印は、魚を飼育している上段のタライから、エアホースを使い、サイホンの原理で少しずつ下段のタライに、水を流入させていることを意味しています。

 流出の矢印は、あふれた水が、塩ビ管を通って、左のタッパに流れ出していることを意味しています。

 タライの中の緑色のモヤモヤは、観賞魚水槽の嫌われ者である糸状のコケです。

 見た目が悪くなるため観賞するには嫌われ者のコケですが、硝酸態窒素の除去に役立つため、筆者はアクアポニックスの取り組みを始める以前は、PHを下げるために利用していました。

 アクアポニックスでは、このコケの部分が、野菜などの作物に置き換わるわけです。

流入の様子です。

 ブロックの上にあるタライから、右側の細いエアホース内を水が通って、下のタライに水を流下させています。

 左側のエアホースは、本来の使い道どおり、エアの補給用ですので関係ありません。

エアホースから、水が細く流れ込んでいます。

 ご覧のとおり、ちょろちょろと下のタライに流入水が入っています。

 この水は、植物が肥料分を吸収する前の水です。

 濾過により、水中の老廃物が硝酸態窒素に変化したけれども、まだ硝酸態窒素は植物には吸われず、水中に蓄積している状態の水となります。

 この水を採水して、BTB溶液を滴下した比色により、PHを測定します。

植物槽前の水を試験管に採水しています。

 まず、採水します。

上で採水した水に、PHを測定するためのBTB液を、スポイトで滴下します。

 採水した水にBTB液という試薬を数滴混ぜます。

 BTB液は水に色をつけますが、PHの違いにより、着色される色が変わります。

 着色された水の色を、PH毎につくられたサンプルの色見本と比較して、水のPHがいくつであるかを判断するという試験方法です。

BTB液が、黄色く反応しました。
試験管を振って、よく混ぜます。
奥にある様々な色がついた液体は、PH毎の色見本です。
一番近い色の比色液は、PH6.0でした。

 試験の結果、下のタライに流入している水のPHは、概ね6.0であるとわかりました。

 次いで、下のタライから流出する水、要するに植物(今回の場合は野菜でなくコケですが)により水中の肥料分を吸収された後のPHも測定します。

タライからタッパに水が流れています。
タライから流れ出した水を採水しています。
植物槽を通過した水なので、植物が肥料分を吸収した後の水になります。
採水した水は、無色透明です。
先ほど同様に、BTB液を滴下します。
同じBTB液を滴下したのですが、今度は水が青く反応しました。
よく混ぜて、比色液と水の色を比較します。
ぼやけてますが、比色液の値は7.4です。

 色見本と着色した試験管の水を比較すると、試験管の水の色が若干青が濃く出ています。

 色見本に対応するPHは、7.4です。

 BTB液は、PH5.8~7.4の範囲を測定する試薬で、酸性が強いほど黄色が強く、アルカリ性に近づくほど青色が強く着色されます。

 今回、色見本の最大値である7.4の色より、試験管の水の青色が濃いことから、植物槽通過後の水は、PH7.4よりも高そうだけれども、ではいくつかという、正確な値までは、BTB液による比色ではわからないという結果でした。

 さらに正確なPHを測定するためには、BTB液ではなく、PH6.8~8.4の範囲を試験できる試薬である、PR液を使用して試験をすれば、より正確なPHが測定できます。

 BTB液やPR液で測定する範囲以外にも、それぞれ対応する別の試薬があるため、ある液を使用した試験で、測定されたPHが、色見本の測定範囲を振り切ってしまった場合には、次の範囲を測定できる試薬を使って、あらためてPHを測定するという行為を繰り返します。

 写真にはありませんが、この後、PR液で測定したところ、植物槽通過後の実際のPHは7.6でした。

同じBTB液を滴下したのですが、明らかに色が違います。

 BTB液で、コケが繁茂したタライに流入する水と流出する水に着色した色の違いは、上の写真のとおりです。

 明らかに色が違うことから、PHが違うということが、一目瞭然です。

 写真の試験管に、5という数字が書かれていますが、PHが5という意味ではなく、試験管の横線まで水を入れると、5ミリリットルであることを意味しています。

植物槽に流入する前の水はPH6.0、植物槽から流出した水はPH7.4以上という結果でした。


 結果として、BTB液による比色試験では、植物槽への流入水のPHが6.0、植物槽からの流出水のPHが少なくとも7.4以上であることがわかりました。

 このことから、植物が肥料分を吸収したことにより、PHが6.0から7.4以上へ、アルカリ性側に傾いたのだと推察されます。

 推察された内容を証明するためには、PHの測定だけではなく、実際に水中の硝酸態窒素がいくつからいくつに変化したかを測定しなければいけないのですが、大がかりな試験装置が必要になるので、自宅でのお遊びな試験では、この程度が限界です。

 この試験で何が言いたかったかを整理すると次のとおりです。

①水替えをせずに濾過だけで魚を飼育していると、水中に硝酸態窒素が蓄積して、水のPHは次第に酸性に傾いていく。(PHの値が小さくなっていく)

②魚は、水のPHが極端に酸性、またはアルカリ性に傾くと死んでしまうので、水のPHは、飼育する魚の種類にもよるが、通常は中性である7.0前後が良い。

③植物栽培槽の前後で、PHが酸性からアルカリ性に傾く変化を見せたことから、植物には水の酸性化を食い止める効果がある。

 といった3つの現象を利用して、魚の老廃物を肥料として作物を育てる、アクアポニックスの仕組みは成り立っているという、お話です。

 ところで、もしかすると、植物がどんどん硝酸態窒素を吸収してしまうと、水のPHが高くなりすぎてしまうんじゃないの? というご心配をされた方がいるかも知れません。

 ご安心下さい。

 アクアポニックスで植物が行っているのは、水を酸性にしてしまう原因である、硝酸態窒素という酸性の物質を、水中から取り除くという行為であって、水中にアルカリ性になる物質を増やしているわけではありません。

 ですから、もし水中の硝酸態窒素がすべて吸収されつくしてしまうと、それ以上、アルカリ性側に傾く心配はありません。

 だとしたら、PHは7.0の中性で止まるんじゃないの? 7.4より上がっているよ!

 という、ご意見も聞こえてきそうです。

 実は、今回の試験は、水中の糸状のコケを利用しているためなのですが、光合成により、コケは水中に多量の酸素を供給しています。

 炭酸同化作用という減少がありまして、ざっくり言うと、水中に過剰な酸素が含まれるとその分、PHがあがるという現象があります。

 よく晴れた日に、自然界の水を採水してPHを調べると、8.0ぐらい軽く越えていることがあるのですが、その理由として考えられるのが、今お話しした炭酸同化作用です。

 8.0というと、以前お話しした水産用水基準で湖沼河川で魚を養殖する場合に適正とされるPHの値である6.7~7.5の範囲を逸脱してしまうのですが、その程度であれば、実際には魚は普通に生きています。

 だとしたら、今の試験でPHがあがった理由は、水中から硝酸態窒素がなくなっただけではなくて、炭酸同化作用のせいでもあるんじゃないの?

 と言われてしまうと、おっしゃるとおりです。

 どっちの効果で、どれだけPHが変化したかの区別は、ここでは出せません。

 今回は糸状のコケによる試験を行っていますが、アクアポニックスの野菜栽培槽の前後で同様の試験を行えば、炭酸同化作用の影響なく、純粋に「野菜が肥料を吸収したからPHがあがりました」という効果を見せられると思います。

 それについては、宿題にさせて下さい。

 結果が出たら、また紹介します。

かにかに