7.ホビーアクアポニックスとビジネスアクアポニックス

アクアポニックスの基礎知識

 ここまで一口にアクアポニックスと言ってきましたが、個人的にアクアポニックスは、二種類の真逆の取り組み方に大きく分けられると考えています。

 個人が趣味で行うアクアポニックスと、商業的に行われるアクアポニックスの二種類です。

 筆者の造語ですが、前者をホビーアクアポニックス、後者をビジネスアクアポニックスと名付けました。イメージとしては、ホビーアクアポニックスが家庭菜園であるのに対し、ビジネスアクアポニックスは植物工場です。

『取り組み方が真逆』とはどういうことなのか、具体的にお話しします。

 家庭菜園と植物工場の一番大きな違いは何でしょうか?

 筆者は、ビジネスか否かだと考えています。

 家庭菜園でできた野菜は、基本的に売り物ではありません。

 葉が虫に食われていても良いですし、実が曲がっていても構いません。

虫に食べられた小松菜の葉です。
売り物にはなりませんが、自家消費ならば問題ありません。

 知り合いにお裾分けすることはあるかも知れませんが、対価として金銭のやりとりは、普通、行いません。

 一本の苗に、実を多くつけさせすぎてしまったり、逆にほとんどつかなかったり。収穫時期を逸して、葉や実を大きくさせ過ぎてしまう場合もあります。

 けれども、自家消費ですから、特に問題はありません。

 一方、植物工場でつくられる野菜は、商品です。

 葉が虫に食われているようでは論外ですし、実がつかなくては話になりません。大きくなりすぎては商品の出荷規格を外れてしまいます。

 規定のサイズを既定の納期までに出荷して、始めてお金になります。

 だからといって、肥料を沢山与えればいいというわけではありませんし、どんどん加温したり冷房すればいいわけでもありません。

 それでは肥料代や燃料代がかさんでしまうため、利益が減ります。

 肥料を与えるのであれば、収穫までに作物がちょうど必要とする最小限。

 温度調整をするのであれば、高温や低温が作物に悪影響を与える場合だけ。

 そんな具合に、なるべく生産コストを縮減します。

 植物工場ではない、一般の農家が行う通常の農業の場合は、もう少しおおらかな面もあるのですが、植物工場は、個人農家ではなく、企業が参入して取り組む場合も多いだけに、通常の農業よりも利益管理が徹底されます。

 食べられればいい、余ってもいいという家庭菜園とは、そこが違います。

 もちろん、スーパーで売られている野菜よりも、よほど良い野菜をつくる家庭菜園の事例も山ほどありますが、品質は抜群でも、やはり商売ではありません。家庭菜園なので、通常、人件費は考えませんが、商売的にはあり得ない手間暇をかけすぎているからこその、抜群な品質なのかも知れません。

 ところで、魚の養殖や家畜生産で使われる言葉で、飼料効率という言葉があります。

 与えた飼料が、どれだけ家畜の体重を増やしたかを意味する言葉です。

 例えば、ある期間に10kgの飼料を与えたとき、コイなりフナなり養殖している魚の体重が1kg増えた場合、飼料効率は、1kg/10kg×100で10%であったと表現します。

 逆に言うと、飼料効率が10%の時、魚の体重を1kg増やすためには、10kgの飼料を食べさせる必要があります。

 だからといって、魚を早く出荷サイズまで大きくしようと、飼料を沢山与えればいいかというと、人間と同じで、魚だって、お腹がいっぱいになれば、目の前に食べ物があっても、それ以上、食べません。

 食べ残された飼料は、金銭的には、もちろん飼料代の無駄ですし、水質の悪化を招いて魚の病気の原因にもなります。その結果、魚が死んだら大損失です。

 魚の食欲は、水温にも影響されますので、暑すぎず寒すぎず、水温を適温に保とうとする場合は、加温や冷房の光熱費がかかります。

 そうなると、利益が減ります。

 あれ? つい先ほど、似たような話を、どこかでしたような。

 実は、こんな具合に、植物工場と魚の養殖には、相通ずる部分が存在します。

 どちらが先で、どちらが後であったのかはわかりませんが、魚の養殖により出た排泄物の窒素を利用することで、植物工場の肥料の購入費用を削減し、かつ植物の収穫から得られる収入に加えて、養殖した魚の販売からも収入を得ようと、相通ずる両者を誰かが組み合わせて始めた取り組みが、ビジネスアクアポニックスです。

 ビジネスアクアポニックスでは、利益を最大化するために、面積あたりの作物や水量あたりの魚の生産量が最大となるような組み合わせや条件が追求されます。

 例えばこんな感じです。

 魚の飼育可能量は、概ね水量で決定されます。

 単純に水が多ければ多いほど多くの魚を飼育できる理屈になりますが、ある水量に対して、ほぼ最大の魚を飼育して、最も飼料効率が良くなる条件下で、必要な量の飼料を与えた場合、発生する老廃物の量もまた、最大になります。

 したがって、濾過バクテリアが十分に働いてくれれば、老廃物から一日あたりにつくりだされる硝酸態窒素の量も最大になります。

 その量の硝酸態窒素を、ほぼ一日で消費するための概ねの作物の量は、施肥計算を行うことで導き出されますので、そこから必要な作物の栽培面積が決まります。(施肥計算については、ここでは詳しくは触れません。作りたい作物の量と必要な肥料の量には相関関係があるので、一方の数字がわかれば、計算により、もう一方が導けるのだなと理解してください)

 逆に、敷地的な制約から、作物の栽培面積が決定される場合は、そこから逆算して、魚の飼育可能量なり、魚の飼育水量が決定されます。

 いずれにしても、魚なり作物なり、その両方なりが、最大になるように管理していく取り組み方が、ビジネスアクアポニックスです。

 難しいのは、うまくいけば利益が最大になる代わりに、常にリスクも最大である点です。

 何かの拍子に、魚、濾過バクテリア、作物の量のバランスが崩れると、途端にシステムに破綻の危機が訪れます。

 例えば、魚を最大に飼育する場合は、密飼いされる魚にかかるストレスもまた最大化します。

 貯まったストレスの結果、調子を崩した魚が飼料を食べなかったり、場合によっては病魚や死魚が出ることで水質が悪化し、濾過バクテリアの活動や作物の成長にも悪い影響を与え、さらなる水質の悪化から、魚の全滅に至るといった事態が生じ得ます。

 また、例えば、作物を収穫したため、吸収される硝酸態窒素の量が減り、一時的に水質の悪化が進んで魚が体調を崩し、以下同文といった事態も考えられます。

 大水量で、少ない数の魚をのんびりと飼育する飼育方法は、そう難しくありませんが、水量あたりの飼育数の限界を突き詰めるような飼育方法を続けるためには、実は相当レベルに高度な魚の飼育技術が必要となります。

 植物工場に取り組む企業や個人が、目新しさや話題性、肥料購入費を削減する目的などから、安易にビジネスアクアポニックスに取り組む場合があります。

 しかしながら、なかなかうまくいっている事例は少ないという国内のビジネスアクアポニックスの現状は、そのあたりに原因があるのではないかと、筆者は考えています。何よりも、まずは魚の飼育技術です。

 一方、二種類の真逆の取り組み方のもう一方は、ホビーアクアポニックスです。

 もちろん、筆者が取り組んでいるアクアポニックスは、このホビーアクアポニックスにあたります。

 真逆の取り組み方ということは、ビジネスアクアポニックスが様々な最大を追求する取り組みであるのに対して、ホビーアクアポニックスは、様々な最小を追求する取り組みとなります。

 さきほど、大水量で、少ない数の魚をのんびりと飼育する飼育方法は、そう難しくありません、と話しました。

 なぜでしょう?

 単純に、水が綺麗だからです。

 水中に毒性のある物質が少ない分、魚が健康を害する恐れも少なくなります。

 ホビーアクアポニックスの取り組み方も同様で、利益を追求する必要がないため、水量に対して少なめに魚を飼育するので、飼料の量も老廃物の量も少なくなります。

 また、そもそもの魚に与える飼料の量も、飼料効率を重視した、魚を早く出荷サイズまで大きく育てるための、大食い気味となる与え方ではなく、腹八分目なり腹六分目なり、魚が痩せこけていかずに健康であれば、それが適量であるという与え方です。

 一方で濾過バクテリアの生息場所となる作物の生産面積は、老廃物を処理するために必要と考えられる面積よりも多めに確保します。

 その結果、すべての老廃物が濾過バクテリアの働きで速やかに硝酸態窒素に変化したとしても、栽培される作物の量が多いので、作物からすると基本的に肥料が不足気味の状態となります。

 だからといって、作物は枯れてしまうわけではなく、イメージとして、十分な肥料があれば10日で収穫できるところが15日になるとか、一ヶ月が一ヶ月半になるとか、収穫までの期間を長くとる形です。

 植物工場やビジネスアクアポニックスのように商品として作物を栽培する場合は、収穫までの期間を短くして、同じ面積でも年間に収穫できる回数を一回でも多くし、収入機会を増やそうと試みますが、ホビーアクアポニックスの場合は、作物の収穫回数よりも、硝酸態窒素を吸収して水を綺麗にし、魚の飼育環境が良好に保たれる状態の確保を意識して優先します。

 言い換えると、ビジネスアクアポニックスの場合、魚と作物が商品として同格であるのに対し、ホビーアクアポニックスの場合は、作物よりも魚の飼育環境の確保を優先します。

 もし、魚の飼育環境の確保よりも作物の栽培に重きを置きたいと思われる方は、アクアポニックスではなく、通常のプランター栽培が向いています。

 以上は、あくまで筆者の個人的な仕分けによる二種類のアクアポニックスですが、本ブログで紹介しようと考えているアクアポニックスは、ホビーアクアポニックスにあたります。

 ビジネスアクアポニックスとしてのアクアポニックスに興味がある方には参考にならないとは言いませんが、商売として考えた場合は、非効率的な内容の話をする場合も多々ありますので、経営的な意味では、お役に立てるかわかりません。

 そのあたりは、適宜、工夫して取り組んでいただくようお願いします。

かにかに