15.アクアポニックスを成功させるための3条件

実践的なアクアポニックスの製作

アクアポニックスの実践についてのお話も、今回で最後です。

筆者が、実際にどのようにアクアポニックスを行っているか、その方法については、今までお話ししてきた基礎知識とここまでの実践で、概ねお分かりいただけたと思います。

今回は、実践の締め括りとして、筆者が実感しているアクアポニックスを成功させるために大切だと思う3つの条件について、お話しします。

3条件というのは、以下のとおりです。

 第1条件 魚を殺さずに飼えること

 第2条件 葉物野菜には防虫ネット

 第3条件 餌は少なめ植物多め

ここで言うアクアポニックスとは、ホビーアクアポニックスを指しています。

ビジネスアクアポニックスの場合は、利益と生産量の最大化を目指す必要があるため、第1条件はともかく、第2条件と第3条件は実態に合いません。

また、ここで言う成功とは、ご家庭で使う野菜のうち、いくつかを自給自足できるレベル(例えば、トマトとか小松菜だけは家で穫れるのでスーパーで買わなくても平気なんだ、と言えるレベル)に達することと定義したいと思います。

それでは、3条件のそれぞれについて、説明していきます。

まず、『第1条件 魚を殺さずに飼えること』について、お話しします。

アクアポニックスとは、魚を飼いながら、魚の老廃物を肥料にして、植物を育てる行為です。したがって、魚を殺さずに飼い続けられなければ、話になりません。

ビジネスアクアポニックスの場合は、魚を飼う=魚を養殖する、となりますので、相当な飼育技術が必要になりますが、ホビーアクアポニックスでは、そこまでの飼育技術は求めません。

もし、あなたが、過去に丸一年以上、金魚を殺さずに飼育した経験があったり、現在進行形で丸一年以上、飼育中であるならば、十分合格です。(ただし、飼い始めた際は10匹いたけれども、一年後には1匹だけ生き残っていたというような事例は除きます)

「特に何もしていないけれど、金魚すくいの金魚が大きく育って、もう何年も生きているよ」なんて方は、十分な飼育技術の持ち主です。

最近は、メダカ飼育がブームなので、「金魚は飼った経験がないけれども、メダカならば、一年以上飼っている」という方もおられるかも知れません。

実はヒレが長いとか体が丸いとか、姿形が特殊過ぎるメダカを除いて、一般的に金魚とメダカを比較すると、メダカのほうが丈夫で飼育は簡単です。

例えば、水中の酸素が不足した場合、金魚よりもメダカのほうが上手に水面でぱくぱくして、呼吸ができます。

また、金魚よりも、メダカのほうが、若干、高水温に耐えられます。

あまり知られてはいませんが自然界のメダカは、台風などで、もし、海まで流されてしまっても、海水中で生き延びて、もといた川に戻ったり、別の川にたどり着いて生息範囲を拡大できるだけの力があります。

ですから、メダカしか飼った経験がない方の場合は、ただ一年以上死なずに飼っているというだけではなくて、コンスタントに産卵させて、ふ化した稚魚が成魚まで育ってまた卵を産む、というサイクルを、何世代か繰り返しているぐらいの水準を望みます。

一見ハードルが高そうですが、メダカの場合は、殺さずに飼える人であれば、そのぐらいの水準には、すぐたどり着けます。

ただ、メダカでアクアポニックスを行う場合は、魚が小さいため、流されてパイプの中に入ってしまったり、ポンプに吸い込まれてしまったりという事故が頻発するため、これまでお話ししてきた内容とは別に、メダカアクアポニックス用に、別の工夫が必要です。メダカアクアポニックスについては、ここでは省略し、機会があれば、別の項で、お話ししたいと思います。

以上が、『第1条件 魚を殺さずに飼えること』の説明です。

もちろん、今まで魚を飼った経験はなくても、これから魚を飼ってみたいとか、せっかくなのでアクアポニックスをやってみたいという方の挑戦は大歓迎です。魚の数に対して、綺麗な水が十分に確保されていれば、普通はそう魚を死なせてしまうということは、ありません。

けれども、もし、あなたが作物の栽培を第一目的にしていて、特に魚に興味はなかったり、どちらかと言えば魚は嫌いだ、という方である場合は、アクアポニックスはお勧めしません。

普通の水耕栽培なり、プランター栽培を試みてください。そのほうが、参考になるホームページや書籍も、山ほどあります。

そうではなくて、もし、あなたが既に長年魚を飼育していて、これからも飼育を続けられるおつもりの方であるならば、色々と不安が多い昨今の世の中です。万が一、スーパーの棚が空になっても、家で野菜の一品種ぐらいは常に確保できる体制を整えるため、現在の魚飼育に一手間加えて、是非、アクアポニックスをはじめましょう。

続いて、『第2条件 葉物野菜には防虫ネット』の説明です。

皆さんは、夏野菜という言葉を聞いて、どんな野菜が思いつきますか?

すぐに思い浮かぶのは、トマト、キュウリ、ナス、トウモロコシ、ピーマン、カボチャ、ゴーヤといったところでしょうか?

これらの野菜には、共通点があります。

その共通点とは、葉ではなく、実を食べる野菜である点です。

春から秋は、気候的に植物の成長に良い季節ではありますが、虫にとっても成長の適季です。

一般的に、露地栽培の農家が、一年のどの時期にどんな野菜を生産するのかをざっくり分けると、冬は葉物野菜、夏は実物野菜という区分けになります。

その大きな理由の一つは、虫が少ない冬以外の季節に葉物野菜をつくろうとすると、すぐに葉に虫がついて食べられてしまうため、防除にかかる手間と費用が収入に見合わなくなるためです。

例えば農薬の値段がかかりますし、人力で葉から虫を取り除こうとするには人手が必要です。

かといって、畑全体を防虫ネットで覆うためには莫大な資材費用がかかります。

仮にすべてをネットで覆っても、日々の管理や収穫の際、いちいちネットを剥がしたり覆い直す必要があるため、時間と手間が物凄くかかります。

であるならば、葉物野菜は冬に生産して、夏は葉っぱを少々虫に食われても問題のない、実物野菜を主につくるほうが、効率的です。

そもそも農家の経営の方法は、構造的に薄利多売です。

例えば、我々が普段スーパーで購入する野菜は、一般的には次のような経路で流通しています。

まず、農家が野菜を生産します。

農家は野菜を市場に出荷します。

野菜を市場に出荷する際、場合によっては農業協同組合を通して、農協の名前で出荷します。(近年は農業協同組合を通さず、個別に直接、お店や消費者と取引をする農家もおられますが、ここでは農協を経由した場合を想定します)

市場に出荷された野菜は、バイヤーやスーパーの仕入れ担当者に買われて、それぞれのお店に運ばれます。

その野菜が、例えば小松菜一束100円といった金額で売られているのを、我々が買うわけです。

小松菜一束100円ならば驚きませんが、不作の年であっても、小松菜一束500円とか1000円といった金額で売られている姿は見た覚えがありません。本来、需要と供給の力関係から物の金額は決定されるはずですが、一応、それなりに消費者が適正と判断するだろう金額で、最終的にお店で売られているわけです。

その金額が、農家にとって本当に適正な金額かどうかはさておき、消費者が高いと感じる値段では、商品は売れません。

けれども、一束100円という金額の中には、まずスーパーの儲けと必要経費が含まれています。必要経費とは、例えば市場に支払う野菜の代金です。その他に、運搬費とか、予冷のための電気代など諸々の費用がかかります。

もちろん、市場も、儲けや必要な経費を、スーパーに売り渡す際の金額に乗せています。

農協も同じです。農家から集荷して、市場まで運んでいく経費もかかりますし、野菜を選別して、出荷規格に揃えるためにも費用はかかります。もちろん、農協自身の儲けも必要です。

そう考えると、一束100円の小松菜に対して、農家の手元に入る金額は、大分減ります。

その金額もすべてが利益になるわけではなく、種代や肥料代、資材代や人件費といった経費も含まれているので、本当の利益に当たる金額は、ごくわずかです。構造的に、農家は薄利多売の経営といった理由がわかると思います。

農家を工場、野菜を電化製品、市場を問屋と置き換えれば、野菜ではなく電化製品も流通の流れは概ね同じですが、値段の決め方が異なります。

電化製品であれば、一般的にメーカー希望小売価格という定価があります。オープン価格の場合も、実質的な工場からの出荷価格の決定は、工場側、メーカー側の考え次第で、ある程度、決められます。

一方、同じ生産者側の立ち位置にあっても、農家は弱い立場です。

今日収穫した野菜は今日売れないと、明日には品質が落ちてしますし、明日は明日で、明日の分の野菜がまた各地で収穫され、出荷されます。

同じ季節には、どこの農家も大体同じ野菜を生産していますので、市場では同じ荷が被ります。

売れ残って、結局処分する羽目になっては一円の収入にもなりませんので、多少、安くても、その日のうちに、全量売れてくれなくてはなりません。

生産者側の希望よりも、売る側が最終的にいくらなら売り切ることができるかがポイントとなります。

お店での値段が高くては売り切れないので、安い値段設定から逆算すると、仕入れ値も自ずと低くなります。

その結果、農家に入る金額は、日単位ではコストを考えると赤字になっている場合も少なくありません。良い日と悪い日を合算して、年間や数年単位で総合的に赤字にならなければ御の字という世界です。(もちろん、逆に大儲けできる年もあるわけですが)

一般的な電化製品の場合は、今日出荷できなくても痛みませんし、次の新製品が開発されて販売されるようになるのは、例えば一年先です。

在庫が過剰になれば、生産調整もある程度可能です。

一方、野菜の場合は、不作に備えて、通常、多めに作付けする上、収穫は毎日行われるのが基本のため、次の新製品が翌日に出荷されるのと同じ状況です。

従って、まとまった利益を上げるためには、まとまった生産面積が必要です。全体を防虫ネットで覆おうとするには、面積が広すぎます。

一方、我らのホビーアクアポニックスはというと、幸いにして、規模が小型です。

調子に乗って、ボックスコンテナを十も二十も接続したところで、面積はたかが知れています。農業用の支柱を何本かと防虫ネットで、全体を簡単に覆えてしまいます。

また、これは水耕栽培にも言える長所ですが、土耕栽培と比較して、アクアポニックスでは、密植が可能なため、単位面積あたりの収量は、土耕栽培より多くなります。

慣行農法では虫対策には農薬という選択肢がありますが、魚を飼うというアクアポニックスの性質上、農薬の使用はありえません。

かといって、何も手を打たなければ、せっかくの作物の葉が、あっという間に虫食いだらけになってしまいますので、季節に限らず、葉物野菜を栽培する場合には、ボックスコンテナを防虫ネットで覆ってください。

収穫量が、さらに増やせます。

以上が、『第2条件 葉物野菜には防虫ネット』の説明です。

最後に、『第3条件 餌は少なめ植物多め』の説明です。

濾過については、散々、基礎知識でお話ししました。

繰り返しますと、魚の老廃物は、濾過バクテリアの働きによって、アンモニア→亜硝酸態窒素→硝酸態窒素と次第に毒性の低い物質に変化しますが、硝酸態窒素は水中に溜まる一方なので、蓄積が許容量を越えると、魚は死んでしまいます。

そのため、飼育下では定期的に水替えを行うか、植物に肥料として硝酸態窒素を吸収させることで、常に魚の飼育水を綺麗に保つ必要があります。

この植物が、硝酸態窒素を吸収する行為が、アクアポニックスの要です。

一日分の魚の老廃物からつくられる硝酸態窒素の量を、一日分の肥料としてちょうど必要とするだけの植物が、均衡して栽培される状態が理想的です。

ビジネスアクアポニックスの場合には、意識的にその状態を目指しますので、魚の飼育管理と植物の栽培管理が、物凄くシビアです。

一方、ホビーアクアポニックスを行う我々は、ホビーという名のとおり、所詮、素人です。プロが行うシビアな管理は手に負えません。

したがって、シビアではない、可能な範囲での管理を追求します。

先ほど、許容量を超える硝酸態窒素の蓄積によって、魚が死ぬという話をしました。魚が死んでしまう原因は他にも色々ありますが、少なくとも硝酸態窒素について言えば、蓄積させなければいいだけの話です。

ようするに、魚の老廃物からつくられる硝酸態窒素の量に対して、均衡状態ではなく、その程度の量の硝酸態窒素では、肥料として足りなくなるぐらいの量の植物を栽培すればいいのです。『餌は少なめ植物多め』とは、そのような意味です。

『餌』とは植物にとっての餌にあたる硝酸態窒素であるとともに、その硝酸態窒素の元となる魚の老廃物、ひいてはその老廃物の元となる、魚の餌そのものを意味します。

ビジネスアクアポニックスが、飼料効率を追求して魚の満腹を基本とするのに対して、ホビーアクアポニックスでは、腹八分目であったり、腹六分目であったり、要は魚が健康を損なわない範囲内で、少なめに餌を与えることを基本にします。その上で、植物は、均衡状態より少し多めに栽培するというのが、『第3条件 餌は少なめ植物多め』の意味するところです。

植物側からすれば、肥料が不足するため成長を抑えられることになりますが、魚が全滅して根本から破綻する事態に比べれば、成長に時間がかかるだけで、大した問題ではありません。

実際の話として、飼育している魚の種類、数や大きさ、餌の種類と量によって、魚から出る老廃物の質と量は大きく変わります。

その老廃物が濾過されて硝酸態窒素になったとして、均衡状態より、少し多めの植物量がどれくらいとなるかは、一概には言えませんので、ご自身で調整が必要です。

簡単な葉物野菜であれば、年に何回かは収穫を行うことができますので、その都度、一つずつグローベッド槽を増設して、成長の様子を比較していく方法が、初期投資がかからず、良いと思います。

そのためもあり、接続式にして、後付けでグローベッドを増やせるように工夫したシステムとなっています。

コツとしては、いきなり何匹もの魚を飼い始めてしまうのではなくて、最初は1匹程度からシステムを稼働させ、グローベッド内に濾過バクテリアが十分に生息した頃に、種を蒔くなり、苗を植えて、本格的にスタートする方法です。

基礎知識でもお話ししましたが、十分な数の濾過バクテリアが働いて、魚の老廃物が素早く硝酸態窒素に変換される流れが確立するまでは、水中には魚にとって強毒性の物質が溜まる一方です。

魚がほしがるからといて、食べるだけ餌を与えてしまうのではなく、餌は、なるべく、少なめ、少なめに与えることを心がけましょう。

また、グローベッド内の作物を収穫する場合、実物野菜であれば、単純に実を収穫して構いませんが、葉物野菜の場合、抜いてしまうと、硝酸態窒素を吸収する存在がいなくなってしまいます。

収穫後にあらためて種を蒔き、次の成長を待っているのでは、その間、水質は悪化する一方です。

一度にすべてを収穫してしまうのではなく、数本抜いたら、空いた空間に次の種を蒔いて、植物量が激変してしまう状況を、なるべく回避するように努めましょう。

または、根ごと作物を収穫してしまわずに、大きくなった葉から順にむしってとるなどして、作物本体を温存するように努めましょう。

後は、様子を見て、魚を増やすなり、グローベッド槽を追加するなりの調整をしてください。

グローベッド槽が多くあれば、一つ丸々収穫してしまっても、全体としては一部ですむので、植物量の激変が防げます。

グローベッド槽が多くなりすぎると、今度は水を均等に運ぶことが難しくなります。

分水筒や配管をうまく工夫して、対応してください。

一般的に、魚飼育槽が一つ、グローベッド槽が一つだと、見た目に寂しくない数の魚を飼育した場合、植物の量がまったく足りずに水質は悪化が進みます。

逆に言うと、たった一つの容器で魚を飼育するだけで、結構な量の作物を栽培できるという話です。

グローベッド槽が三つあれば、ローテーションで、色々な作物を作れるようになりますので、まずはその規模を目指しましょう。

文章としての実践編は、これで終わりです。

ここから先は、実際に始めて、自分なりに試行錯誤する段階です。

まずは、魚を殺さずに飼育することを心がけましょう。

魚の数は、寂しいくらいに少なめにして、いつ見ても魚が餌を欲しいとねだってくる程度に、餌は少なめに与えます。

葉物野菜には、忘れずに、防虫ネットをかけましょう。

くれぐれも、漏水事故にはご注意ください。

以前もお話ししましたが、何かと不安なことが多い昨今の世の中です。

ある日、突然、スーパーの棚が空になっても困らないよう、家で食べるすべての野菜とはいかなくても、せめて、そのいくつかを自分でまかなえる状態を確保して、余ったら、困っている人に分けましょう、というのが、本サイトの本当の目的です。

食べるのに困っている状況にある子ども(もちろん、大人も)が、1人でもいなくなってくれることが、筆者の願いです。

この第二章を執筆後に、より簡単なアクアポニックスの取り組みとして、第0章を追加しました。そちらも参考にして下さい。

あなたのホビーアクアポニックスが、うまくいくことをお祈りしています。

もし、何か疑問が生じた場合やうまくいかなかった場合は、お問い合わせください。

筆者の能力の範囲内であれば、お答えできるように頑張ります。

もちろん、こうしたらうまくいったという報告や、新しい工夫を思いついたり、新しい材料を発見したという報告も、お待ちしています。

それでは。

めざせ! 「アクアポニックス」で「自給自足」!

かにかに